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フランス

フランスは「共和国モデル」に基づいた独特な移民統合の理念で知られていますが、移民受け入れの歴史がヨーロッパの中で最も長い国でもあります。19世紀後半から移民の受け入れが始まりました。その背景には、ドイツや英国など他の欧州諸国の人口が大きく増加した中で、人口の伸びが緩やかだったことがあります。そして、第一次世界大戦で150万人もの若者を失い、労働力不足に陥った結果、近隣諸国から労働者を受け入れ、1930年頃には外国人の比率が7%に達していました(その後低下)。

 

第二次大戦後、「栄光の30年」と呼ばれる高度経済成長期を迎え、再び労働力不足を補うため、近隣や旧植民地の国々と二国間協定を結び、労働者の受け入れを始めました。その結果、外国人の比率は再び上昇し、7%を超えました。

 

イルショック後の1974年に、フランスは外国人労働者の受け入れを停止し、失業した外国人労働者の帰国を奨励しました。しかし、フランス国内の外国人労働者の多くは帰国せずに、家族を呼び寄せたために、外国人は増加を続けました。これ以降1990年代後半まで、新たな移民受け入れの抑制と移民の社会統合がフランスの2つの基本政策となりますが、左派と右派の間で政権交代が起こる度に、外国人の権利の拡大と縮小が繰り返されました。

 

象徴的なのが滞在資格のない外国人の滞在を一斉に認めるアムネスティ政策です。1981年、外国人の地方参政権を公約に掲げたミッテラン氏率いる社会党政権が誕生し、オーバーステイなどの外国人12万人のアムネスティを実施しました。アムネスティは、1997年にも8万人に認められました。

 

1990年代後半になると、IT技術者の積極的受け入れが始まり、2003年には、移民を選別し、技能や資格をもつ人材を積極的に受け入れる法律が成立しました。同年には、移民の社会統合を推進するため、移民にフランス語と公民教育を行う受入・統合契約の試行も始まりました。

 

2005年10月から11月にかけてパリを中心に全国の都市郊外で起きた移民2世等による暴動に衝撃を受けた政府は、2006年に移民の選別と統合を強化する法律を制定し、滞在資格がなくても10年居住すれば滞在許可を与える制度の廃止や家族呼び寄せ要件の厳格化を実施しました。2007年に就任したサルコジ大統領はハンガリー移民2世ですが、出入国管理と社会統合をあわせて所管する移住・統合・国民的アイデンティティ・連帯開発省を設置し、受入・統合契約を義務化するなど、移民政策に力を注ぎました。同省は2010年に廃止され、再び、内務省が出入国管理と社会統合を所管しています。

 

2012年5月、オランド氏率いる社会党政権が誕生しましたが、大きな移民政策の変更はないようです。

 

 

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